2022年の参議院選挙の後、ある社説が目に留まりました。
[社説]民主主義の重みかみしめ政治を前に(写真=共同) 参院選で有権者は与党に安定的な政権運営ができる議席をあたえた。最終盤に起きた安倍晋三元首相への銃撃事件は、民主主義に対する www.nikkei.com
この社説では、安倍元総理の銃撃事件を「民主主義への許しがたい挑戦」とし、その中で行われた参院選および民主主義について述べられていました。
社説は、次のような一節で締めくくられていました。
説明を尽くして合意を得る作業は多大なエネルギーを要する。それでも、先人が苦労して培ってきた土壌を耕し続ける手間を決して惜しんではならない。
2022年7月11日付 日本経済新聞 社説
私はこれを読んで、ああそうだよな、説明を尽くすということは本当に大変なことだよな、その上「合意を得る」というのはとてつもないパワーを使うよな、でもやらなきゃいけないことだよな、となんとなく感じました。
でもしばらくは「なぜこんなにこの一節に共感したのか?」が自分でも分かりませんでした。
1ヶ月ほど経って、「あ、プロジェクトマネジメントだ」と気付きましたので、そのことを書いてみたいと思います。
プロジェクトマネジメントとはまさに『説明を尽くして合意を得る』こと
どういうことでしょうか。ちょっと解説してみたいと思います。
プロジェクトとは、その定義として有期性と独自性が挙げられます。
難しいことは置いておいて、何か新しい製品を開発するとか、イベントを企画・運営するとか、そんなことを思い浮かべてください。
そうですね、分かりやすく「2023年中に月までロケットを飛ばす」というプロジェクトのプロジェクトマネージャーになったとしましょう。
有期性(2023年まで)もあり、独自性もありそうです。
大規模ですね。ビッグプロジェクトです。
まずは何が必要か?
まずは何が必要でしょうか?
一人では出来そうもありません。なにせロケットですからね。一緒にやってくれる人を探しましょう。つまり仲間が必要です。
あなたは声をかけます。「一緒に月までロケットを飛ばしませんか?」と。
さて、みなさん乗ってきてくれるでしょうか。
中には「ちょうど良かった!自分も月までロケットを飛ばしたいと思ってたところだったんだ!」と意気投合してくれる人もいるでしょう。
でも、みんながみんなそうではないかもしれません。
反対してくる人も出てくる
もしかしたら、反対したり意義を唱えたりする人も出てくるでしょう。
「そんな危険なことをやるなんて」
「もっと別のことにお金を使ったら?」
「難易度が高すぎる。出来っこない」
などなど。
このままでは月までロケットを飛ばすことが出来ない。
どうすればよいでしょうか?
あなたは説明の仕方を変えたり、説明する相手を変えたりしながら、とにかく説明をして相手の気持ちを動かそうとするでしょう。
メリットを伝える
どのようにすれば相手の気持ちが動くのか?
まず最初に思い浮かぶのが、相手にメリットがあることを伝えることです。
例えば金銭的なメリット。
単純にこのプロジェクトに参加してくれればお金がもらえる、というものです。「仕事」は基本的に労働に対する対価としてお金をもらいますね。
金銭的なメリット以外でも「やりがい」といった気持ちの部分でのメリットもあるでしょう。「月までロケットを飛ばす」という野心的な目標にやりがいを感じる人は多いと思われます。
いずれにしても「あなた達にはこんなにメリットがあるよ」ということを伝え、「よし分かった。それならプロジェクトに参加しよう」と言ってもらう必要があります。
メリットは大きければ大きい方が良さそうですが、もちろんそれによって大きなデメリットを被ることになったらちょっと考えものかもしれません。
例えば莫大な報酬と引き換えに過酷な重労働に耐えなければならないとしたら、ちょっと考えモノでしょう。
まったくデメリットが無い形でメリットを受けるということは難しいでしょう(というかそんなものがあったら詐欺です)。
少ないデメリットで多くのメリットがあるよ、という伝え方をすると良いかもしれません。
「いいよ」と言ってもらう
そして「いいよ」と言ってもらうことが大切です。これはふたつの意味があります。
ひとつは「協力するよ」という意味。
一緒にプロジェクトに参加して働きますよという意思表明です。
もうひとつは「許可するよ」という意味。
「月までロケットを飛ばす」ともなれば、国の税金を使うことも考えられます。その場合、もともとは国民のお金でもありますので、国民の同意を得る必要があります。彼ら自身がこのプロジェクトに何かしら関与することはなくても、「やってもいいよ」と思ってもらうことは大切です。
もし税金を使わないとしても、例えばその活動によって環境破壊に繋がるとか、自分の生活に危険が及ぶようなことがあれば、反対をする人も出てくるでしょう。そういうことはないんだよ、と説明をして「やってもいいよ」と思ってもらうのです。
この一連の流れが『説明を尽くして合意を得る』
この一連の過程が、まさに『説明を尽くして合意を得る』ことと言えそうです。
プロジェクトを遂行するには、このような活動が必要になりそうです。それがビッグプロジェクトともなるとなおさらです。
説明を尽くして合意を得る必要はあるのか?
ところで、説明を尽くして合意を得る必要は、本当にあるのでしょうか?
わざわざ労力をかけて説明を尽くさなくても、「やれ」という号令でやってくれるのであれば、それに越したことはありません。
説明を尽くしておく必要がありそうな理由をいくつか挙げてみます。
理由1:説明を尽くさないと誤解が生まれる
ひとつ考えられるのが、説明を尽くさないと誤解が生まれる、というケースです。
例えば「月までロケットを飛ばす」という文言だけを見て、自分も月に住みたい!だからプロジェクトに参加しよう!と考える人が多いかもしれません。でも実際は、ロケットを飛ばすとは言っていますが、有人ロケットとは言っていません。もしかしたらただ単に無人の資材運搬用ロケットを飛ばすというプロジェクトかもしれません(それはそれで凄い技術だと思いますが)。そこに誤解が生まれます。
または、国際的なプロジェクトなのだと考えて、海外の人と一緒に仕事が出来ると思ってプロジェクトに参加しようとする人もいるかもしれません。ところが、実は国威発揚のためのプロジェクトで、全て日本だけでやろうとしているのかもしれません。
人間は誤解をする生き物で、ひとつの文章でも色々な角度から見ると色々な解釈が可能です。その解釈をより統一的にするためにも、説明は尽くした方が良いでしょう。
理由2:合意を得ないと後で文句を言われる
次に、プロジェクトマネージャー側の立場でのケースです。
合意を得ておかないと、あとで「そんなはずではなかった」とか「そんな話は聞いてない」とか言い出す人が出てきて困ってしまう、というパターンが考えられます。
そのため、きちんと説明をして合意を得るという工程を踏むことで、「ちゃんと説明したし合意もしたよね?」という担保を得ておくのです。そうしておけば、後で文句を言われることも少なくなるでしょうし、文句を言われても反論することが出来そうです。
理由3:それが民主主義だから
最後に、実は最初の話に戻ってきます。
その工程がまさしく民主主義そのものだから、という理屈です。
民主主義とは、
人民が国または地域の権力を所有し、それを自ら行使する政治思想または政治体制のこと
Wikipediaより抜粋
らしいです。社会の教科書や専門書ではもう少し別の説明の仕方がされているかもしれません。
民主主義では、話し合いによる解決が基本的な考え方になっています。
そこには決して暴力はあってはならないとされています。
例え話として、「月にロケットを飛ばす」というプロジェクトを暴力的に遂行することは、やろうと思えば可能なことです。
「このプロジェクトに参加しなければこの国から追放する」「衣食住をはく奪する」などといった脅しをかけてプロジェクトに強制的に参加させる、ということです。
事実、日本が戦争をしていたころは、成人した男子の一部は強制的に戦争という”プロジェクト”に参加させられていました。
もちろん現代の日本ではそのようなことはあり得ないでしょう。
それは日本が成熟した民主主義の国だから、暴力ではなく言葉で説明し、合意を得て代表者を選び、国の方針を決めるというスタイルだからです。
なぜ説明を尽くさないのか?
ところが、実際にビジネスの現場でプロジェクトに携わるにあたり、「説明を尽くされた」と思う人はどれほどいるのでしょうか?
私が観測する限りですが、あまりきちんと説明を受けたと感じる人は多くないように思います。それには、いくつかの理由が考えられます。
- プロジェクトマネージャーがいない
- 時間が無い
- 説明したと思っている
- 諦めてしまう
まずはプロジェクトマネージャーがいないケース。これはびっくりするかもしれませんが、世の中には結構あります。
次に時間がないケース。正確に言うと、物事の移り変わりが速すぎて説明をしている余裕がない、ということです。
そしてきちんと説明をしたと思っているケース。これは発信側と受信側のコミュニケーションがうまくいっていない事例になります。
最後に、これがおそらく一番多いのではないかと思っているのですが、「諦めてしまう」ケース。
例えば説明しても文句を言ってきたり納得してくれない人がいなかった場合、どういう気持ちになるでしょうか。
どうせ分かってくれないなら、余計なパワーは使いたくない、と思って説明することを諦めてしまうでしょう。
いずれにしても、このように説明が尽くされていないと、先ほど申し上げたように、あらぬ誤解が生じたり、プロジェクト参加後に文句を言う人が出てきたりするのです。
そういった人がいたとしても、ある程度の規模であればプロジェクトは回るでしょう。ただ、あまりに多くの人がそういった状況になると、プロジェクトは非常に非効率になるか、まったく機能しなくなるでしょう。
説明を尽くして合意を得ることを諦めない
ここまでをまとめると、
- プロジェクトマネジメントでは説明を尽くして合意を得ることが大切
- メリットを伝えて「いいよ」と言ってもらうのが大切
- 説明を尽くして合意を得ないと、誤解が生まれたり後で文句を言われたりすることがある。実際にビジネスの現場でもそのようなことが起きている
ということになります。
さて、いかがでしょうか。説明をするのはなんだか面倒だな、どうせ分かってくれないな、という気持ちに駆られてこないでしょうか。
私自身も、プロジェクトマネージャーとしてプロジェクトの説明をしているときに、同じような気持ちに何度もなりました。
時には「なんで自分がこんな苦しい思いをしなければならないんだ?」という気持ちになりながら説明をすることもありました。
しかし、言葉を変えて粘り強く説明をすれば、いずれ分かってくれるし、たとえ分かってくれなくても「許容」はしてくれるのだ、ということが分かってきました。
そして、だんだん仲間も増えてくるということも分かってきました。
説明を尽くして合意を得る作業は、本当に多大なエネルギーを要します。
それでも、手間を惜しまずに伝え続けることが、自分に出来る数少ないことのうちのひとつだと信じています。
説明を尽くして合意を得ることを、あきらめずにやっていきましょう。
コメント